父の日の記録

午後からの施設の梯子は忙しい。
午前中は、例によってki-が実家でのイベント用食事の準備をしてくれて、私はひたすら待つのみ。
大きなな袋にサラダや煮物、赤飯用のコメ等々もってまずは母の施設へ。

母は出かけることを伝えてなかったので、お昼ご飯の後はもう寝ていた。
「出かけるかい?」と聞いてもジッと見つめるだけで返事がない。
もう一度「お父さんに会いに行ってみるかい?」と耳元で大きな声を張り上げ、「具合悪かったらやめるけど、調子悪いかい?」と畳みかけると、ようやく「悪くないよ」と行きたいそぶりを見せた。

父の方もやはり寝ていた。
「オウ!今もう何時だ。今日は具合が悪くなって来ないと思ったぞ。それにしても遅いじゃないか。」と会うなり文句を言う。父はいつも何かイベントの予定があると、そればかりが気になって落ち着かなく、施設のスタッフの人に当たったりするらしい。

母を実家に送り届け、まずはベッドに寝かせる。失敗だったのは、施設に晩御飯までには帰すと言ってしまったことだ。食前薬がもらえなかったために何にも食べさせることができない。せっかく用意した、母が好きなトウキビや赤飯、何一つ食べさせられないのだ。糖尿病はこれだから嫌われる。ただ寝に帰ってこさせることだけになってしまった。(もっとも、ほんの少し食べさせたのは内緒だ。)

それでも、父は終始無言の母に、「どこか痛いところはないのか?がんばれよ」と励ましていた。
母はニコットするのが精いっぱいだった。

3時ごろに一堂に会したイベントも、4時にはもう母を送らなくてはいけない。何とも慌ただしい。
こんな実家のイベントにどんな意味があるのだろう?と思いながら母を施設に連れ帰った。
持たせたわずかばかりのサクランボ、トウキビ、赤飯をスタッフに、食べさせてあげてください言ってと帰るつもりだった。しかし、すでに用意されていた晩御飯のご飯を下げ、代わりにそれらを食べさせようということになったが、スタッフが忙しいために、結局コッチが食事介助まですることになってしまった。

実家に帰ってもう7時。父を返さなければならない。
行ったりきたり、出たり入ったりの1日だった。4人が一緒に食べ、語り合えたのはほんの一瞬だった。

父の日も母の日も、結局は自分たちの自己満足なんだね・・と思うのは自虐的だろうか?
数日後、しばらくしてこの間のことを二人に聞いてみても、もう二人は忘れていた。

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