ものは考えよう

老いるということが本当に他人ごとではなくなってきた。
ついつい自分は60を過ぎているということを忘れ、頭の中では若いつもりで動き回っているが、整形の先生が言うように、それなりに齢を自覚しなくてはいけないのだ。
世間一般では、まだ60という年齢は決して老け込む年齢ではないけれども、もう20、30の体ではないということだ。事実、仕事を終えて帰るとき、何度も立ち止まらなくては、100メーターの距離さえすんなり歩けなくなっている。はっきり言って歩行困難なのだ。このままでは車いすのお世話にならないといけなくなるかもしれない。
仕事どころではなくなってしまう。そう思うと恐怖で夜も眠れない。

毎日、少々きついこともあるけれど、仕事で汗をかくことが、今の生活で生きがいになっている。私から仕事をとったら何が残るだろうか?介護に専念するか、毎日が日曜日で、新聞ばかり隅から隅まで読んでいるか、その程度しか思い浮かばない。本も読めるが、雑念を振り払って読書生活を続けることなど私にはできそうもない。
趣味に没頭すればよいとよく言われるが、私の趣味は何にもない。腰痛ではゴルフもできないし、そもそも100メートル歩けない者が、歩くことが主のスポーツなどできるはずもない。旅行もままならないだろう。そう考えると夜中に目覚めてもう眠れなくなってしまうのだ。

どうしてこのようにマイナス面ばかり考えてしまうのだろう。性格とはいえ私の悪いところだ。どうやったら前向きになれるか、そればかり考えている。こうしてブログで、日記のように考えながら書いていると、何かヒントが思い浮かぶかもしれない。そういう淡い期待を抱きながら書いているのだ。
しかし、簡単ではない。しまいにあくびが出ておしまいというのが落ちだ。

更にしかし、ものは考えようとは昔からよく言われる。現状でよくないと思われることも、考え方ひとつでよい方に解釈することができるというものだ。オー!これがあるじゃねえか。
例えば、仕事を辞めて毎日が日曜日になれば、両親介護に専念できるし、普段見出ししか読まない新聞も隅から隅まで全部読めるぞ。読みたい本だって好きなだけ読める。そうしてしばらく休養すれば腰の調子も良くなり、パークゴルフ程度ならできるかもしれない。旅行だって車を使えばどこだって行けるぜ。
何の心配がある?金か?天下のまわりものよう。・・・て感じか?

自分でも単純な野郎だと思う。しかしそう考えると不思議とよく眠れるのだ。出来ないことを単にできると言い換えるだけなんだが。

ついでに、腰痛に対する対策だが、整形の先生に勧められたけれど、杖を突いて歩いてみると、確かに楽だ。
今度から杖を突いて歩くことにした。それは一気に老けたととるか、多くの人生経験をして杖を突くに至った、尊敬されるべきジイサマととるか、勝手にしやがれ・・・だ。

改めて単純な野郎だと思う。でも、ものは考えようではないか。





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この記事へのコメント

2015年11月23日 13:30
初めまして~
テーマ「介護」からお邪魔に上がりました
ご両親のお世話のために帰国なさったなんて
とっても心優しい方だと思いました
ご自分の老い(?)とも向き合いながら
ご夫婦で頑張っておられる姿を思うと
心がホッとします~~私はもっともっと
老いております~が~
>ものは考えよう< ~身体は老いても
心は若い時よりずっと円やかに豊かに
成長していくものだと思うようにしてます
~~ですが、私はいつまでも子供心~
成長してるかなぁ~なんて~
でも「ものは思いよう」~受け取り方で
如何にでもなるものですね~
同じ生きるなら前向きに明るく生きたいものですよね
自戒を込めてお話しさせて頂きました~
有り難うございました~
まん
2015年11月24日 06:10
読んでいただいてありがとうございます。
この三連休で少し楽になりました。薬も効いているのかもしれません。でもまた調子に乗るとバックします。
仕事は若い人に譲ろうと思っています。迷惑だと思われたくないですからね。
mikiさん同様、私は成長しているのか子供のままなのか、時々わからなくなる時があります。
歳をとると子供に戻るといいますが、おっしゃる通り、豊かに成長しつつ子供のようにかわいいオジイチャン、おばあちゃんになれたらいいですね。

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