介護のあり様

札幌から姉と、姉の子の一家がやって来たので、パーティだ。
まずは、別々の施設にいる父、母を、迎えに行って実家まで運ぶことから始まる。
私は母を担当。車で30分先の施設まで行くと、既に母は待ち構えていた。
帽子をやや斜めにかぶり、車いすに座っているとまるでフランスの貴婦人のようだ。
今日の母は機嫌がいい。スタッフににこやかにバイバイと手を振る。

実家に着くと父はもうすでに来ていた。
父は、相変わらず家に帰ってもトイレが気になって仕方がないらしい。
家に帰れば、自由に一人でトイレ通いができると思っていたようだ。

ところが、狭くて障害物が多い家の中では、椅子から立ち上がって車いすに移動することもままならない。
数人がかりでトイレの便座に座らせ、”終わったら教えてね”と私たちは一旦離れるも、すぐドアをドンドン。
”どうしたの?”と聞くと、便座が高くて足が着かないので踏ん張れない。踏ん張れる台はないかという。
そんな都合のいい物右から左にあるわけない。やむを得ず、スリッパ二つ履かせてやっと「これでいい」。

ウンウン唸って待つこと10分。
「出ない!」と不機嫌な父。孫とひ孫の介助で戻ってくるが、ああしろこうしろとうるさい父に、呆然と立ち尽くしつつも文句を言わずに手伝ってくれた。若い親子にとって介護というものがどんなものか、少し知ってもらえたのではないだろうか。

父は父で申し訳ないと思っているのだ。何かにつけ口うるさい父に、みんな”どうしろと言うんだ”と怒鳴りたくなるのをぐっとこらえて頑張ってくれている。一方で、「すまんな、すまんな」と感謝の気持ちを繰り返されると・・・ナンニモイエネエ。

いつも、借りてきた猫のように静かな母も今日は朗らかだ。姉、孫の嫁、我がkiちゃんと、立て続けに介助を受けてどことなく嬉しそう。私に対してもジッと見つめ返してくれた。
あんなに仲が良かった父母が、いつしか罵り合うほどに険悪な仲になってしまっていたけれど、今日ばかりは昔に戻ったようだ。

孫たちに囲まれて楽しかったイベントもあっという間におしまいだ。
kiは母の下の具合が気になるということで、おしめをチェックしたいという。
母の下の様子など私は見たくもないので避けたいのだが、子供がしないで誰がする!・・・と一喝されるのは当然と言わなければならない。姉や孫、ひ孫たちにもいずれやってもらわなければならないだろう。
決して逃げてはいけないのだ。最近、私もそう確信している。やればできるものさ。

父は早めに帰ることばかり気にしていたが、母は表情を変えずにただ黙っている。”帰るよ”という言葉に何の反応もない。しかし、施設に帰った時は、迎えのスタッフに一言も発せず、出かけるときの嬉しい表情とはうって変わって顔をそむけた状態だった。私はその時ふと思ったが、母は帰りたくなかったのではないかと・・・。やっぱり帰らなければならない現実を疎ましく思っていたのではないだろうか・・・と?
そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

施設に預かってもらうということは、本人にとってや周りの者にとって、果たして望ましいことか否かは分からない。しかし、そのことでどこか後ろめたい思いをしてしまうのはなぜだろう。在宅介護に比べて楽しているという思いがあるからだろうか?
一般的に、在宅介護ができればそれに越したことはないと思うが、それが難しいから施設にお願いすることになる。お願いできるだけ幸せということなのだろう。施設に入りたくても入れない待機老人がたくさんいるらしいから。

いずれ私たちも同様の道をたどることになる。子供や孫がいない私たちはもっと悲惨かもしれない。
しかしだからといって自分の立場を放棄するわけにはいかない。
介護の真似事だけでもできていることに感謝すべきなのだろう。













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