父とお別れしました

三月二十八日午前七時五十一分 父が亡くなりました。

九十七歳を迎えて三カ月目でした。


私たちが故郷に帰って七年近くになりますが、亡くなってみるとあっけない感じがします。

最後はこれが死というものなのか、ということを嫌というほど感じさせられました。

熱発症してちょうど一カ月目です。

Dr.からは、今回は最初から覚悟するよう伝えられていました。

でもそんなことなんで分かるのだろう・・・と不思議でした。

ひょっとして超高齢だからあえて死へ誘導したのではないか?

そんなことすら考えましたが、人の最後ってこういうものなんですね。

よくわかりませんけど・・・納得せざるを得ませんでした。


母は今、父と入替に入院しました。

こちらは不整脈だそうです。

正直もう勘弁してくれと思いましたが、母は頑張ってくれています。

いつも口をもぐもぐさせているのでまだ大丈夫という人もいます。

食欲につながるからでしょうか?

でもそれだって分かる訳ないじゃありませんか?

お葬式はもういりません。

二度としたくないのです。

でもそういうわけにはいかないのでしょうねえ。

だってこちらも九十三歳ですから。

画像
いつも咲いてくれているゼラニウム ありがとう

今日、新元号が発表されます。

何という名称になるのでしょうか?

平成が終わるのですね。






この記事へのコメント

2019年04月10日 20:18
謹んでお悔やみ申し上げます。
南無阿弥陀仏
九十七歳ですか。お父さまは命を全う
されたのではないでしょうか。
マンさんも立派にお見送りなさいましたね。
お疲れ様でした。
仰るように死はあっけないものかも知れません。
だから私たちは亡き人をご縁として、生死を
深く考えさせられ、仏法に出遭わせて頂く機会と
捉えます。
「死」を考えることによって「生」を
どう生きればよいかが知らされてくると思われます。

お母様も入院されたとか…
この道は誰もが通る道。
私も母を見送って4日後父の葬式を出しました。
現実はきれいごとでは済まされないことが
多々起こります。
でも必ず陽が射す日はやって来ます。
ご一緒に乗り越えて参りましょう。
私でよろしければいつもお傍におります。
2019年04月13日 07:44
慈園さん お言葉ありがとうございます
南無阿弥陀仏
毎日枕もとに歎異抄を置きながら「南無阿弥陀仏」と唱えています。
今朝は父とどこかの離れ小島で?会いました。
父は何かを管理しているような気配でしたが不明です。
周りは無数の虫が飛んでいました。
不思議な夢でした。

今、母の自宅での見取りが可能か?考慮中です。
今、私が通ろうとしている道は、多くの方々が通ってきた道なんですね。
皆様の凄さを感じています。
ありがとうございます。
2019年04月18日 13:53
まさか、いつも気にかけておられた父上様がお亡くなりに~~ですか?すみません、気がつきませんで失礼しておりまして、今日久しぶりに訪問してビックリでして~

遅ればせながらお悔やみを申し上げます

大変でしたね。いつかは歳の順でお別れする時が来るとは分かってはいるのですが~辛いですよね!お察しいたします。
そのお歳までご一緒されたのですから~そう思われたら、有り難いことだとお思いでしょう。私はそう思いますのよ!
実家の父の看病に、会社に無理を言ってパート扱いにしても
らって何年か姉と交代で通いました。家事にお勤めに、もう発病していた夫の食事や体調管理にと、もうそれは大変でした。若かったからできたことでして~まだ40歳代はじめでした。で、申し訳なかったと今では思うのですが、父が倒れて半身不随でその介護の一端で入浴の手伝いに7年間~~亡くなった
時にはホッとして。当時は介護保険もなくて、施設か家での介護でしたから~幾ら何でもと思いまして、通うからお家でって。それくらいしかできなくて。
今では施設といっても安心して任せられますものね~~
天寿全うされたとお思いになって、寂しさを良い方に考えられます様に~~ですわよ!滅入られない様にですわよ。
また訪問させていただきますね~どうぞ母上様お大切に。
良い思い出をお持ちでしょうから~それを大切になさってくださいね。
2019年04月19日 05:52
ごんさん ご訪問ありがとうございます

父のお葬式を済ませ、今度は母ということで、気が抜けない状態が続いていますが、あり難いことに妻が入院中の母の食事介助を毎日してくれていて、心強い思いです。
ごんさんをはじめ多くの方々が肉親の介護をし、お見送りをされてきた。改めて尊敬の念を抱かざるを得ません。

母の状況は超高齢のため決して回復の方向とはいえませんが、毎晩食事は完食してくれています。時々笑ってもくれて、そんな時はホッとします。
今できること、それを考える毎日です。
2019年05月03日 20:26
 残念ですね。言葉が、みつからないですね。親がいなくなる。自分の人生が、無くなってしまう。なんにも、無くなってしまう。記憶も、無くなってしまう。自分が、ふと、ひとりと言うことが不思議なくらい、なんの思いも消えてしまう。家族を守ると言うことを今まで以上に思う。からだに気をつけてくださいね。
2019年05月04日 06:09
早起きのままさん おはようございます

父が亡くなってから現在母中心の日々となっています。
私の連れ合いと一緒に毎日食事介助に励んでいます。夜だけですけどね。
ブログも少しお休みしています。

今回思ったのですが、死というのは悲しみではなく苦しみだな・・と。亡くなるまでの間、父はどれだけ苦しんだのか・・?それを思うと「南無阿弥陀仏」と唱えるしかないのです。そしてその間だけは苦しみから遠ざかるような気がします。それも自力に頼っているのでは?と言われるかもしれませんが・・・。阿弥陀仏に帰依する道を探っております。

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