凍れる世の中

今年の年頭は例年になく寒い気がする。

連日マイナス10度を超えているからだ。(オホーツクのわが町)
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ツララ

昨日も職場に水道管を凍らせてしまったとの連絡が入った。

もうあたりは暗くなり始めた頃にである。

電話先の女性はかなり参っているかの切迫感が伝わってくるのだけれど、こちらとしては水道屋さんに早く連絡しなさいとしか言いようがない。
こういう状況下ではどういうアドバイスをすればよいのか?あるいはどういう対応が正解なのか?

わらにでもすがる思いで電話をかけてこられたのだから、もう少し親身になって話を聞いてあげてもよかったかなとも思う。

私という人間の懐の狭さが悔やまれるところだ。

尤も、先方にもそんな時間的余裕があったとも思えないけどね。彼女のその後のことを思うと何とも後味の悪いことである。


さて、話は変わるが、去年日本学術会議員選任拒否問題で話題に上った次のお二人の本を読んでみた。
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宇野重規教授と加藤陽子教授の本だ。

加藤先生の読む本は2冊目で、2冊ともも日本が戦争に至った歴史について著述したものだ。

宇野先生の「保守主義とは何か」は初めて読ませてもらった。

どちらも東大の先生なので、まるで東大で講義を受ける感覚で読むことができるが、多分、実際の講義はもっと難しいのではないかと想像する。しかし、こういう新書では私たち一般人でもわかりやすく書いていただいている。

何が言いたいかというと、これらの本を読んでどうして政府ににらまれるのか?という疑問である。

私が読んで少なくとも私の足りない脳ではその疑問は解けなかった。

むしろ歴史にしろ思想史にしろ読むたびに目から鱗が落ちる体験をし、新たな視点を得ることができて、国家運営上マイナスになるようなことはアリエヘンのである。

巷間言われていることは、これらの先生方が以前に政府の政策に反対の意見を言ったからなのだろうということであるが、もしそれが真実だとしたらとんでもなく器量が狭いと言わざるを得ない。私の懐の狭さの比ではない。

どちらも詳細な史実に基づく研究成果であろうし、自らの思想が先に来てその都合に合わせた史実のみをピックアップして「セヤロ!」「それみたことか!」・・・と威張る低レベルの話ではない。むしろいろんな思想を持つ方々が、また別な角度から視座を提供してくれていると考えるべきであり、参考にすればよいだけの話だからである。

たった二冊の本を読んで何がわかるといわれるかもしれないが、どうやらもう少しいろんな方の本を読んでみる必要がありそうである。

特に現政権の主要な位置にある人たちこそ宇野先生の本の帯に書かれているようにまさに「保守本流を知れ」ではなかろうか。




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