新型コロナとの戦い方

ここんとこ土曜休日は役場で日直の仕事をさせてもらっている。

夜は夜警の人が務め、私たちは朝から夕方までが勤務だ。

ところがこれが何かと忙しい。

平日に役場に来れない人や、特に身内の人が亡くなり、近日中に火葬をしなければならない方が

結構来られるのだ。

死亡届を持参し、火葬許可申請を求め、とりあえず火葬許可証を発行することになる。

間違えちゃいけないし、公文書を扱うので大変気を遣う。

慣れない私は先輩やらお休み中の職員らに電話したりして、確認しながら処理せざるを得ない。

今のところ皆さん優しいから事なきを得ているが、いつまでも甘えてばかりいられない。

まことに神経を使う仕事なのだ。

2020コスモス.jpg        (コスモス咲き始めました)


そんな中、

忙中閑ありで暇なときは本を読ませてもらっている。

例の1930年代のベストセラー、哲学者オルテガ著「大衆の反逆」だ。

読み始めてから一貫して内容がほとんど理解できていない。

かなり苦痛を伴う本だが、せっかく買ったので最後まで読もうと思っている。

なんで理解できないのか?レトリックとかメタファーという表現の世界のせいか?

多分そうなんだろうと感じてはいるが、これが哲学かとも思う。

だからわからなくていいのだ。・・・いいに違いない。

考えることに意味があるのだろう。

それでもひょっとしてこれはこういうことを示唆しているのではないかという箇所もないことはない。

その推論を生むことがこの本のお目当てかもしれない。

例えば冷戦終了における自由主義と社会主義の趨勢。その結果は明らかだが、

コロナ禍における自由主義国家と独裁国家との対応の是非等については、

そのアプローチに関して独裁国家が優勢とする意見もある中、

現在世界が直面している難問解決に向け、ぶれずに解決策を探る方法を考える一助となるかもしれない。

もとより大衆の反逆とは論点がずれているかもしれないが参考にはなる。

国民に対する「右向け右」という全体主義が、新型コロナのような厄介なウイルスには戦いやすいという意味では

いえることかもしれないが、そういう安易な発想こそ「大衆」の最たるものであり、

困難な歴史を数多く乗り越えてきた真の意味の改革者とは似ても似つかないものだ。

著者はそう言っているような気がする。

苦しい時こそ私たちは決して安易な方向に流されてはいけない。

間違っても非民主的な独裁や自由な魂を売り渡すような封建的な社会の再来を許してはならないのだ。

・・・


つい興奮してしまう話でした。







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